Change 第1回

対談アーカイブ

【第1回】Change 〜変わるもの、変わらないもの、変えてはいけないもの〜

[対談]
(株)トヨタマーケティングジャパン  プロデュース局局長 河合利夫氏
2010年度日本青年会議所 教習所部会部会長 澤田裕江君
日時:平成22年1月18日 午後4時から
場所:トヨタ自動車株式会社 東京本社

【プロフィール】
河合利夫(かわい・としお)
(株)トヨタマーケティングジャパン プロデュース局局長、子供店長CMなどヒットシリーズの製作に関わる
澤田裕江(さわだ・ひろえ)
2010年度日本青年会議所教習所部会部会長、(株)銚子大洋自動車教習所 専務取締役


日本国内の縮小するマーケット、消費者意識の変化。自動車を取り巻く市場環境は変化の時を向かえ、尚も予測が難しい状況にある。そうしたマーケットをどのように読むか、またどのようなマーケットを創造するかは、自動車産業に携わるものにとって関心の高いテーマである。2010年度教習所部会部会長を務める澤田裕江君の発案で、「自動車メーカーはどのようにマーケットを考えているのだろうか」を主軸に、各メーカー、または関係者にインタビュー取材をおこない、今後の教習所の経営の将来を見つめる企画として本対談がスタートした。2010年度第1回目の対談として、トヨタ自動車の河合局長にお話を伺った。

最近のトヨタ自動車のTVCM

澤田:「かけがえのない1台を」※1のCMの作成の経過をお聞かせください。

河合:このCMは、もともと過去に展開されたもので、「一人一人のかけがえのない1台を」キャンペーンは2007年度からやっています。2009年度4月から「子供店長」シリーズも始まりましたね。もともとは新聞の広告から始まった広告でした。皆さんにとって大切な1台に、ディーラーさんも技術者も、女性スタッフもきちんとお客様と接していく姿勢を、メッセージとして伝えました。お客様や自動車に対する真摯な取り組みを表現したかったのですね。

それと2本立てで、新聞の堅いイメージのものとは別に、テレビCMでも告知を始めました。で、その内容を「地域ごとに作ってみよう」ということにしました。甲信越地域、近畿地域などですね。たとえば、石川県にいる家族が、松本の実家を訪ねていく。熊本の家族が鹿児島のおじちゃんのうちを訪ねていくとか。新聞とTVで展開したわけですが、「お客様第一」の姿勢や思いを伝えたかったし、お客様にとって身近な販売店、身近な会社になりたいというメッセージを伝えたかったんですね。

澤田:ディーラーさんからの、このCMに対する反応は良いみたいですね。お客さんとの距離感、空気感が非常によく表現されている。というのも、トヨタ自動車さんが、お客様との関係性のあり方を見直しているのかな?と感じます。市場の見方の切り替わり、お客様との関係の時間軸の変更などを感じたのですが。

河合:ご承知の通り、その昔、年間700万台、800万台とトヨタ車が登録されていた頃とは違い、最近は300万台を切るような需要の減少があります。縮小した国内マーケットの中で、より販売店との深いお付き合いの中で、ビジネスを展開したいという思いはあります。しかし、ベーシックなところでの、1台1台を大切にしたい思いは、決して今始まったわけではないんですね。

このシリーズは昭和44年から始まったものです。こういう思いをもう一回、時代に合わせて具現化したいというのはありました。このキャンペーンに感銘を受けたという、ある販売店の社長さんから、もう一度あの頃のようなお客様との関係性を取り戻したい、あのころの自動車販売に掛ける情熱を取り戻したいという、現社長の豊田章雄へのメッセージもあり、実現に至ったのですね。

澤田:確かに、子供店長のCMシリーズにしても、行きやすいお店の雰囲気は出ていますね。親近感というか、それは「自動車製品」が主題のCMではなくて、「人」がメインのCMになっています。これまでとは違うニュアンスが出ている、温故知新というか、基本に返るというニュアンスを感じました。

河合:ありがとうございます。いい意味でおっしゃってくださってると(笑)

澤田:トヨタ自動車さんの文化といいますか、「お客さまをどのように見ているか」ということが本日の一番のテーマです。今後のマーケットの変化を見据えた中で、トヨタさんの価値観の変化が起こっているのだろうと。日本はどんな社会になっていくのだろうか、そういうところを掘り下げて伺いたいところです。

河合:自動車学校さんが抱えている悩みと、我々が抱えている悩みというのは非常に近しいものがあると思います。日本の人口はもう減少局面にあります。子供はさらに少なくなる。これから販売店のビジネスとしてはいろんなサービスを充実して、お客様に喜んでもらえるようにしていかねばなりません。また、「新しい自動車っていうのは、こんなにいいものなんだ」と、実感してもらえるようにしたい。車の買い替えサイクルが昔は5年だったものが、7〜8年に延びています。販売店に定期的に訪れる機会が減っていることでますます敷居が高いところになってしまっているんですよね。店に来ていただきやすくすることが大事ですし、その楽しさを伝えたいんですよね。そのことをこども店長に、「こども目線」で語らせました。その過程でのもう1つのメッセージの「これから目線」というメッセージが埋もれてしまった感じはあるのですが…。

「これから目線のトヨタの自動車を見に来てよ」というメッセージがうまく届いたかどうか。たとえば、自動車の買い方に関する提案です。「トヨタ3年分ください」っていうシリーズ。

澤田:ああ、そうですね、ありましたね。北斗晶さんの。

河合:それの言い換えでもあったんですよね。「僕のスイミングスクール代くらいです」っていう。いろんなポリシーを決めて、新しいクルマ、新しい買い方を提案していく中で、実際には去年の車のマーケットって言うのは、グリーン税制と補助金って言うのが象徴的になった1年でした。そのため、メッセージがそちらのほうに偏った感じがあります。「今が買いどきですよ」っていう。まぁ彼のキャラクターの良さもあって、成功したCMなのかなとは思っています。

澤田:記憶に残るCMになりましたね。

河合:今後はもう少し企業イメージを押し出したいと思います。

これから10年、20年先の自動車のマーケット

澤田:先のお話にもありましたとおり、マーケットは縮小していきますが、そこについてトヨタさんの見方をお伺いしたいのですが。

河合:普通のマーケットとしては、見通しとすれば明るくはない。免許保有という話と似ていると思うのですが、今の需要を支えてくれているのは団塊の世代(昭和21年生まれの皆さん、第1次ベビーブーム世代)なのは間違いない。ではその人たちが、あと何年自動車に乗ってくれるのか。あるいは、買い替えてくれるのはいつまでか考えると、10年から15年がいいところだろうと。厳しいのは間違いない。しかし我々としては、車は楽しいものだし、便利なものだということを伝えていかなくてはならない。そして環境に対する配慮なども伝えていくと、メッセージは多様化せざるを得ない。プラグインハイブリット(PHV)は?ご近所へならEVは?などね。セグウェイに近いものも、法改正を含めて商品として次のモビリティになってくるでしょう。そういうものがあったとしても、車が車としてワクワクさせてくれる、ドキドキさせてくれる自由さ、楽しさみたいなものはあるボリュームでは残るとは思いますし。次の世代にどう伝えるかが全てになってくると思いますね。また多様化に加え、ボーダレスにグローバル化は進んでくるでしょう。インドの超低価格車などもその例ですね。

澤田:両極端なのですが、環境よりも価格という人もいれば、車のデザインや性能を重視する人もいらっしゃいます。昔はワクワクドキドキする車がいっぱいあったように思います。しかし、環境に配慮する車ができてから、そういう車が少なくなりました。ボディのラインひとつとってもそうですね。かといって、保育園に通うような子供たちが昔の車に惹かれるかどうかはまた別の話ですが。

最近、我々教習所業界の若手経営者が集まったときに話題になっているのが、車社会の未来に対する懸念です。将来免許を取得してもらうには、今現在子供たちの価値観がどのようなものになってきているのかを探る必要があると。また、マーケット作っていくために、自動車の楽しさをどう伝えていくべきか、そして免許を取得する動機付けをしていかなくてはいけない、ということを議論しています。教習所でも、「キッザニア」などにあるようないろんな乗り物の「子供免許」を取らせるなどの工夫が必要かと考えている所なのですが。

河合:思いは一緒です。数年前から「日本市場活性化プロジェクト」というものがありまして、取り組んできました。その一環として「ドライブ王国」というイベントを開催し、家族で遊びに来てもらうことなどを全国で展開してみました。また、学研さんとタイアップして「車育」(自動車の教育)というものを展開してみました。理科や社会の時間に、自動車や自動車産業を教えていくプログラムですね。次世代を、10年後に向けて育てていくことは重要です。自動車に対する価値観は、世代が違うとまったく違う。できることなら、そういう価値観の種は植えつけておきたいですね。また大学生には、「クルマニヨンプロジェクト」などとした展開をいたしました。無料で自動車を提供して、部活や移動に使ってもらうというものです。もともと3年間の期間でやったのですが、これからどうするかという状況です。

マーケットの変化をどうみるか

澤田:自動車に対する「わくわく」「どきどき」が減じていることへ分析は、どのようなものでしょうか。

河合:世の中の要因と、車側の要因の二つあります。自動車メーカー側の問題というのは確かにはありますね。またひとつの時代観、世代観として、我々の時代には、自動車を所有することがものすごい特権でステイタスであった。で、車がどんどん向上していく時代でした。「いつかはクラウン」が象徴だったように、上昇していくことが当たり前の時代でした。世の中の、車に対する意識の低下が起こっているのは間違いないでしょう。

とにかく自動車が売れなくなった。お客様の意識の変化が起こっている。若者が乗るセリカやMR2がすごく安かった時代に比べると、車自体が高価格になったし、保険料もべらぼうに高くなっている。購入できても、維持できない事態が発生して、だんだん売れなくなる。

そうすると、売れるものに資源を投入して、さらに若い人には売れないものができてくる。若い人がほしい自動車が無くなってくる。そういう反省はありますね。

澤田:若い男性が女性にモテるために、車というアイテムが必須の時代はありました。しかし今、女性がそういう視点で男性を評価していないのではないかと見ています。これからのマーケットの見方として、トヨタさんの「女性目線」への考え方の様なものはあるのでしょうか?

河合:いろいろ考えるところはありますね。ピンク色の車とか、女性仕様の車とか。でもそういう事に行き過ぎてもいけない。普通に女性が車を運転する時代になって、もっと車に詳しくない人にわかりやすいメッセージを送らなくてはいけないとは思っています。先のプロジェクトでも、女性研究チームは、やはりありますね。車を売っていく現場でもそういうことに関心を持っています。

澤田:「女性目線」ということはまさしくテーマとして重要だと捉えているんです。友人の教習所経営者のリサーチなのですが、20代の若者のデートに行きたい先を調べたところ、男性の1位は映画。ドライブは3位なのですね。これに対し、女性の1位はドライブなのです。自分が運転したいのか、助手席に座りたいのかではまた意味が違うのでしょうけれども。

河合:ああ、なるほど。面白いですね。ただ、女性たちだけでワイワイガヤガヤ楽しくやってるイメージが容易にわきますね。(笑)

澤田:男はもうどうでもいい状況ですね。

河合:あまりに、草食男子もここまで進むとねぇ。(笑)

澤田:ドライバーの安全運転の実現は第一の目的ですけれども、自動車教習所も、お客様の意識というものにも応えていきたいとは思っています。

河合:今後、メーカーと教習所業界が何かしら一緒にやれることはあると思います。是非タイアップさせていただきたいと思います。

澤田:本日はありがとうございました。

— 本対談の後、アメリカ市場でのリコールを発表し、中国、欧州市場でも引き続きリコールが発表された。顧客との距離感をどう取って行くか、国内市場での新たな施策が成功していただけに、今回の件は非常に厳しい事態である。今現在、信頼回復に努めるトヨタの「文化」と、そして日本の製造業の象徴であるトヨタ自動車の復活と再生を強く期待するところである。今回の対談では、自動車を取り巻くマーケットは、自動車という製品の魅力によるところが大きいことを改めて認識した。自動車を所有することや自動車がある生活様式が、若者にとって魅力的であることが、免許を取得する最大の動機付けであるとするならば、「日本の自動車」の復活に期待すると共に、教習業界としても何かしらの仕掛けを施す必要があるのかもしれない。「クルマ本来の運転する楽しさ、所有する歓びを提案する小型FRスポーツのコンセプトモデル」としてトヨタが開発した、「FT-86」※2などは、まさしく若者を意識した自動車だ。教習所もさまざまなタイアップを通して、若者に自動車のあるライフスタイルに魅力を感じてもらえるよう、安全で快適な交通社会を創造する上で関わっていくことが求められるのではないだろうか。(文責:矢澤文建)

※1 2007年の新聞広告から始まった。地域ごとに企画・放映されたTV広告。製品の告知を主題としたものではなく、お客様一人ひとりとメーカー、ディーラーの関係性についてメッセージがこめられている。「子供店長」シリーズのヒットで影が薄いが、これまでのトヨタのCM群とは一線を画している。「お客様一人ひとりのかけがえのない1台を」の背景が今回の対談のきっかけに。
http://www.toyota.co.jp/jp/csr/report/09/download/pdf/sustainability_report09.pdf

※2 1983年に発売された、「トヨタAE-86スプリンタートレノ」が、マンガ「頭文字D」(講談社1995〜週間ヤングマガジン連載中しげの秀一著)の爆発的な人気によって再注目を集める。「FT-86」の名称はそこから由来しているが、コンセプトなどはまったく新しく、「クルマ本来の運転する楽しさ、所有する歓びを提案する小型FRスポーツのコンセプトモデル」として2009年の東京モーターショウで発表された。
http://www2.toyota.co.jp/jp/news/09/10/nt09_070.html