トヨタCF

対談アーカイブ

トヨタCF「免許を、とろう。」に込められているもの。

[対談]
株式会社 トヨタマーケティングジャパン マーケティング局 折元章氏(マーケティングディレクター)、浅井ちほ氏
全指連第9次長期ビジョン研究会 幹事長 中山智晴氏

【プロフィール】
折元章(おりもと・あきら)
株式会社 トヨタマーケティングジャパン マーケティング局 マーケティングディレクター
浅井ちほ(あさい・ちほ)
株式会社 トヨタマーケティングジャパン マーケティング局
中山智晴(なかやま・ともはる)
全国指定自動車教習所協会連合会 第9次長期ビジョン研究会幹事長、第7次長期ビジョンにも第2班班長幹事で参加、神奈川県都南自動車教習所代表取締役


トヨタの企業姿勢を打ち出す広告

— 今回の一連の企業広告ReBORN(リボーン)シリーズの作成の経過をお伺いしたく思います。

浅井:「FUN  TO  DRIVE,AGAIN.」のスローガンのもと、それぞれの狙いを持った2つのCMシリーズを展開しております。ひとつは、ビートたけしさん、木村拓哉さんが、秀吉、信長の生まれ変わりとして現代に登場し、まずは東北へドライブをするシリーズ。
2011年10月から放映されており、マツコデラックスさん演じるお市の方、加藤清史郎君が演じる伊達政宗も登場し、2月現在、福島の猪苗代湖までドライブ旅は進んでいます。
もうひとつは、実写版ドラえもんのシリーズです。のび太に妻夫木聡さん、ドラえもんにジャン・レノさんを起用し、2011年11月から放映しています。

中山:教習所業界としては、ドラえもんのシリーズに反応せずにはいられませんね(笑)
昨年11月の、品川プリンスホテルで開かれた中部日本自動車学校主催の、教習所オーナーズフォーラムにおいても、原口局長さんからもお話がありましたが、作成の背景を伺いたいですね。

浅井:トヨタ自動車の企業広告として昨年秋より展開しております。この企業広告の必要性についてですが、08年の世界金融危機、トヨタにおいても品質問題が発生。また国内では東日本大震災が発生しています。トヨタにとって、苦しい環境だった訳ですが、これらの相次ぐ問題を克服し、最悪期を脱しました。生産の本格再開と新型商品の投入という秋からの再攻勢に出る条件が整い、車への興味・関心を高め、企業イメージを回復することを意図して、これらが制作されました。

中山:トヨタさんに対するイメージの低下が、起こっているのですか?

浅井:品質問題を契機に、好意度が低下し、現在も戻っていない状態です。トヨタ車に乗っていただいているお客様は、販売店さんの活動もあり、回復してきておりますが、他社ユーザー、車を持っていない方々は低下したままで、自然回復は見込めないと判断しています。

無視できない“車離れ”現象

浅井:それに加えて、車そのものへの関心が薄れてきているということも問題視しており、トヨタ自動車だけではなく、自動車産業全体にかかわる問題だと認識しています。また、震災後、消費者の商品の選択基準が変わってきたのではないかとも感じております。商品の機能・価格だけではなく、企業がどのような思いを持ってその商品を送り出しているかという、企業姿勢が問われる時代になってきたと解釈しています。したがって、ますます企業イメージは重要な要素になってきています。

中山:複雑な要因が絡み合っているのですね。そして様々な問題を解決していかなければならない状況にある。

浅井:震災後の世の中の空気を読みながら、『いいクルマづくりでお客様を笑顔にしたい』という、昨年2月に発表したトヨタグローバルビジョンに基づき展開していきます。トヨタも「生まれ変わった」というイメージを押し広げていきたいですね。

中山:具体的な目標設定などがあるのですか?

浅井:一つは、トヨタファンを増やしていくことですね。最終的には購入していただけるよう頑張ります(笑)もう一つは、車離れ対策です。クルマの価値を、再認識してもらいたい。車の重要喚起を促したいのですね。この2つにまたがるキャンペーン・スローガンが 「FUN TO   DRIVE,AGAIN.」です。たけしさん、木村さんのシリーズは、複合的に、いろんな解釈ができるようなものに仕上がっています。トヨタ自身のことであったり、震災から立ち直っていこうという意味を込めていたり。復興、再生そして元気にというメッセージを、消費者にも、またトヨタの関係者にも向けています。

中山:ドラえもんは、思い切った展開ですね。

浅井:車に、「未来」を感じてもらえたらいいなと、思っています。車に関心のない方、また若年層をターゲットにしています。東京モーターショーの話題も盛り込みながら、新しい時代の自動車の楽しみ方を伝えていけたらいいなと考えました。ここでは、ドライブするためにクルマが必要、クルマに乗るには免許取得とニーズを原点回帰させ車とユーザーの関係を再構築する趣旨があります。

中山:自動車学校の視点からすると、「免許を、とろう。」というメッセージは、インパクトがありますね。私たちの業界は、そういうことに取り組んできたのか。実際やってないですね。走る喜びや車のある生活の楽しさを、伝えてきてなかったと。そもそも語る場所ではなかったし、語る機能を有してなかった。車離れという現象は、私たちにとっても当然マイナスな面が強いです。

このキャンペーンは、継続するのか?

中山:一つお伺いしたいのは、この方針はいつまで継続されるのでしょうか?

浅井:2~3年のスパンで取り組んでいくべき課題だと認識しています。12年度の具体的内容はこれから検討していきます。

中山:具体的な数値目標が設定されているのでしょうか。

浅井:同じ人にアンケートに答えていただき、どのように好意・イメージが変化したかを測る独自調査を実施しており、この調査で、トヨタへの好意度を回復させることを社内的な数値目標にしています。

中山:このCMで、車が売れるのか?という厳しい意見もあるようですが…

折元:これは、すぐに明日の収益に直結するものではなく、2~3年後、もっと言えば5年後、10年後に、クルマファン、トヨタファンが増えて、多くの人がトヨタを再び愛してくれるように取り組んでいます。

トヨタらしくない、新しいトヨタのCM

中山:この一連のCMは、斬新な切り口で、様々な評価を伺います。

折元:短期的な観点と、長期的に取り組む事はどちらも大切だと考えています。車を売らんが為めのCMではく、日本を元気にしたい、応援したいという思いをきちんと伝えなければいけません。ドラえもんのシリーズにしても、トヨタらしくない、トヨタの意外性を表現し、いろんな可能性や未来を感じていただけるそういうメッセージを大切にしています。

中山:経営トップの判断が大きかったのでしょうか。

折元:東日本の震災が大きな転機になったのは確かです。再生するということ、生まれかわりたいということは、時期的に重なっています。2009年に豊田章男社長が就任されました。トヨタはいろんな問題を抱えていましたし、また大きな困難にも直面しました。豊田社長の、いい車を提供して、本当に楽しんでもらいたいという切実な思いを具現化したものであり、企業広告に至った一連の流れでもあります。

中山:複雑に絡み合った事情があったということですね。

折元:決してトヨタの収益状況が良いわけではないこの時期に、しっかりと企業としての姿勢を打ち出す必要があったと解釈しています。

浅井:車離れについては前々から把握しておりました。その問題の解決に、トヨタとしては車の素晴らしさを子供たちに原体験してもらうような取組みを行っています。また、大学生のサークルに車両を貸し出すなど、地道な活動は継続していました。

折元:かつてGNTFと銘打った活動の中で、「ドライブ王国」というものを展開しております。これは自動車ファンを増やしていく取り組みであり、純粋に車を楽しんでもらうという想いで、継続的に実施しており、車離れ対策として何ができるかについては、いままでも検討してきた経緯があります。

中山:今回のCMについては、自動車業界に籍を置くものとして、思うところが多々あります。このトヨタさんの広告の意味をきちんと理解しなくてはいけないと思うところがありました。

自動車教習所業界の認識と取組

— 車離れが起こっている現状に、自動車教習所業界はどのように関わってきたか。第9次長期ビジョン研究会の中山幹事長に総括いただいた。

中山:全日本指定自動車教習所協会連合会が主催する長期ビジョン研究会というものがあります。業界にとって、お客様がどうすれば増えていくかを意識した調査・研究をしています。悪く言えば手前味噌です。(笑)で、指定自動車教習所業界というのは、制度に胡坐をかいて、少子化という現実を前にしても何もしてこなかったのですね。免許取得者人口は当然減少する。そこで顧客を増やすには、免許制度を変えようとか、時間数を増やしていこうだとか、そういう方向でしか考えていなかった。そこで、第9次の長期ビジョン研究会(09 〜11 )では、少子化という現実を前にして、現代の若者の特性について調査・研究が必要だということに至りました。自動車離れ・免許離れという現象の以前に、私たちは、免許を取得しようとする若者たちの姿勢が、非常に「希釈」になっているのではないか?と感じていました。で、アンケート調査を実施したんですね。なぜ、免許を取るのか。結果、20%が「自動車に乗りたい・運転したいから」という回答でした。「就職に必要、生活に不可欠」という回答が60%。残りの20%は、「親に言われたから」「身分証明証として」「友達が持ってるから」という回答です。自分の意思を感じられない結果です。

現代の若者の価値意識

中山:若者たちの変化については、2004~2007年ころに論じられ始めていますし、そうした著書も出始めています。私たちの団塊jrの世代は、何が何でも免許を取るというのが若者の雰囲気でした。車に乗りたい、クルマが必要だという意欲があったのですが、どうやら現代はそうではないようなのですね。例えば、免許の取得期間などもそうですが、早く免許をほしいと考えていない人が散見されるようになった。9か月間のうちに、免許が取れればいいと考える若者が、以前と比較して相当な割合に上っている。そこで、教習所はどうあるべきか、魅力のある自動車教習所であるためにはどうすべきか?という免許取得以外の付加価値を求めた、感性価値を求めた方向での取り組みや研究を、第7・8次長期ビジョン研究会でしてきたという経過があります。じゃあ、その感性価値とは何なのだろうかというところまで、長期ビジョン研究会ではたどり着いたのですが、そこから深堀り出来てはいません。一つの方向性として、安全教育を徹底的に行うことが付加価値になるのではないだろうかという考え方があります。本源的な意味で、自動車運転教育というものに立ち返っていこうと。

第9次長期ビジョンの調査・研究

中山:繰り返しになりますが、動機づけの弱い若者の背中を押してあげるような何かをしていく必要があります。現実には、お客様は、価格が安いという価値を重視しています。例えば合宿制免許は、「旅行に行くついでに免許も取れる、しかもお安い!」という感覚で捉えられているのではないでしょうか。おまけがほしくてキャラメルを買う行動と似ています。免許を取ること自体に、楽しみや意味や価値を見出していない現代の若者の前に、通学制でしかやっていない教習所は立ち行かなくなってしまいます。若者が、免許を取得することに強い動機がない。車を運転したくないのですね。そのなかで、車を運転する楽しみ、車を運転する利便性を教えていかないと、いけないということがここで初めて根拠を持ってくるのです。免許を取得する過程そのものが、面白くなくてはいけない。車の運転がこんなに楽しいのかと、言ってもらわなければならない。そういう生徒さん側のパラダイムシフトを起こさせなくてはいけない。これまで教習所業界はお客様のことを全く理解していなかったといえます。そしてお客様の変化にも目を向けていないし、変化を理解していない。そこで、先の方向性にもやはり課題が生じてきているのですね。2010年には、いわゆるゆとり教育世代が新社会人として世の中に登場してきました。競争という概念から隔離された環境で育った彼らが、本当に交通社会に出てきてやっていけるのだろうか?という疑問がわいてくるのです。本当に交通安全教育が、お客様にとって価値あるものなのかと。お客様にとっての、「何か」に焦点を当てなくていけない。そういう視点で第9次は調査・研究が進められました。今現在の神奈川県の事例でいうと、相当な割合で、免許取得を断念される方がいらっしゃいます。9か月間の期間を超えてしまう。乱暴な統計ですが、年間3~5%の方が、卒業できない。100%免許取得が基本と考えていた私にとっては、異常な事態です。自動車教習所で学ぶことが楽しくない。カリキュラムが進行していくんですが、当の本人が学んだ実感がないんですね。充実感がない。教習所側にも多分に問題があります。教習をオートメーション化させていて、個人の成長に焦点を当てていない。学ぶ人にとっては、出来なかった事ができるようになる、上達を実感できるようなことが楽しみの一つになるようにしていくことが私見ながら思うのですね。

— 車離れ、免許離れの原因は、自動車教習所自身にあるのではないかということでしょうか?

中山:そういう見方もできますね。指定自動車教習所は国民に免許を取らせることを目的として制度設計されていますので、それ以上の機能がなくても仕方のないことです。お客様のニーズが、「安くて早くて簡単」であるとしても、仕方のないことなのですね。業界には、車離れはあっても、免許離れはないだろうという安直な考えはがありました。これは全くの間違いで、確実に免許離れがおこっています。また、現状、価格競争に歯止めがかからないのも、教習所業界側の認識をあらわしていますね。

車を「楽しむ」ということと、「喜び」ということ

— トヨタTVCMの背景を知ることで、日本の自動車業界が考えなくてはならない「何か」をうかがい知ることができたであろうか。今後も自動車という「製品」そのものに対する要求や期待は、劇的な機能変更がない限り、現状維持がいいところだろう。ましてやこうした景気や経済状況の中で、消費者は極力お金を使わない生活様式を選択しはじめている。「お客様目線」という言葉が対談の中で使われた。自動車業界に関わる様々な組織、企業、そしてそこで働く人々が、これをチャンスに、自分たち自身を見つめなおすタイミングにあることも確かだ。トヨタのReBORN(再生)に込められた、「お客様との関係性を、新たに結びなおす」という企業姿勢や覚悟が、問いかけるものは大きい。

自動車教習所への宿題「なぜ、免許を取るのか?」

— 自動車教習所には、各事業所ごとの事情があるし、個別の、様々な課題がある。しかし、免許離れ、車離れという現象を、業界自身の宿題として捉えていかなくてはならないだろう。先にも述べたように、トヨタTVCMが問いかけるものは大きい。あるがままの現状をどう受け止めていくか、経営者をはじめ、教習所で働く一人ひとりのスタッフの姿勢が問われている。若者に向けて、教習所はどのようなメッセージを送るべきだろうか。免許を取る理由を、どうやって、肯定的に説明できるか。教習所が存在する理由を、各事業所が肯定し、説明していくべきなのだろうか。自動車で走る楽しさや免許を取得する楽しさ、技能上達の喜び。様々な切り口で語ることができるはずだ。夏季のトップシーズンに向けて、さまざまな工夫や取り組みが期待される。

(発行・編集責任:日本青年会議所教習所部会)